エンジニアが簿記を学習することのメリット
はじめに
日商簿記検定は、これまでに累計2800万人以上が受験しているメジャーな会計に関する検定試験です。
最近、簿記3級、2級を取得したので、自分が感じたエンジニアが簿記を学習することのメリットを述べたいと思います。
仕訳のルールからシステムの仕様を導出できる
仕訳とは、借方(左側)と貸方(右側)両方で金額がイコールとなるように取引を仕訳ルールに基づいて記録する作業です。
例えば、1月6日に土地を1,000万円で購入し、当座預金から引き出して支払った場合、仕訳は以下になります。
(土地)1,000万円 (当座預金)1,000万円
仕訳をリレーショナルデータベースで管理していると仮定して、この仕訳を入力するとします。
このシステムで土地勘定テーブルと当座勘定テーブルに分けて記録する場合、土地勘定テーブルにデータ「1月6日、+1000万円」と当座預金勘定テーブルにデータ「1月6日、-1000万円」をインサートする処理が想像できます。
ここで、借方貸方の勘定がアトミックに処理されなければならないことが仕訳ルールから容易に想像できます。
ようするに、土地勘定テーブルがインサート成功して、当座勘定テーブルが失敗すると借方のみが記録され不整合な会計処理となってしまいます。
これでは、最終的な財務諸表の作成で数値の不一致を起こしてしまいます。
そのため、以下のようにSQLでは、この処理をアトミックにしないといけないことが自明です。
START TRANSACTION;
INSERT INTO 土地勘定 (取引日付, 金額,...) VALUES (1月6日, +1000万円,...);
INSERT INTO 当座預金勘定 (取引日付, 金額,...) VALUES (1月6日, -1000万円,...);
COMMIT;
これはあくまで処理例です。
会計システムに携わっている人には、当たり前すぎて笑われてしまうかもしれません。
IBMやオラクルでACID特性を備えたリレーショナルデータベースが、なぜ必要になったのかの歴史的背景を簿記の学習を通して体感できます。
簿記を勉強するとこのような仕訳における当たり前のシステム要件に気付くことができます。
また、ブロックチェーンにおいても分散台帳といわれている位なので、受信アカウントアドレスと送信アカウントアドレスの金額の増減がアトミックでなければならないことは言うまでもありません。
社内ITエンジニアのキャリアで役立つ
社内ITエンジニアとして働くと社内のシステムを一手に担う場合があります(特に中小企業)。
企業は毎年決算を行うことで国家へ収益を報告し、支払わなければならない税金が決定されます。
そのため、会計システムが必ずあります(会社によってはエクセル管理かもしれませんが・・・)。
一般的に、会計システムを利用するのが経理担当者で、会計システムの機能追加開発や運用は社内ITエンジニアに任せられます(外注しているかもしれません)。
簿記の知識があれば、経理担当者と円滑にコミュニケーションを行って会計業務の効率化に貢献できたり、思わぬ認識ミスで会社へ損害を出してしまうような不正な会計処理の入り込みを防ぐことができます。
また、商品有高帳などで売上と原価を含めた在庫管理をシステム化等、業務効率化においても大変役立つと考えられます。
財務諸表のシステム化
貸借対照表や損益計算書は、日々の仕訳を費用と収益(および純損益)、資産と負債(および純資産)を年単位や月単位で集計してまとめたものです。
簿記を勉強することで、この集計ルールを理解していれば、それらの財務諸表を仕訳から自動作成するプログラム化が可能です(もちろん、企業によって例外処理があるため、その点も考慮する必要がありそうです)。
この複雑怪奇な会計の集計処理がわかっていれば、会計ソフトウェアの開発プロジェクトや、中小企業の社内ITエンジニアとしてエクセルからアクセスデータベースに移行するなど、開発スキルとして大変役立つことは間違いありません。
管理会計のシステム化
工業簿記の範囲とないっている管理会計ですが、直接材料費、直接労務費、間接工賃など「付け焼き刃」では理解できない大変複雑な内容です。
しかし、工業簿記を理解すれば、その業態や会社が扱う商品によってプロセスが違うものの、それぞれの会社に合った管理会計のシステム化で簿記の知識を活かせます。
少なくとも、経営レバレッジ計数、安全余裕率、目標売上高や販売個数、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)の算出など会計の「見える化」において、ITエンジニアとしてシステム化を行うことで経営意思決定に深く貢献できると考えられます。
勿論、データサイエンスなどデータから、新しい気付きを導出する仕事も重要なのは言うまでもありませんが、管理会計を導入することで、それ以前の経営管理上の問題を見つけることができます。
自分自身でも会計知識を活用できる
フリーランスや、個人で会社を経営しているITエンジニアも多いと思いますが、様々な勘定科目や帳簿、経営資源の種類や取引の分類を学ぶことで視野を広げることができます。
また、日商簿記で求められるレベルはそれなりに高いため、自身でもスピーディに会計処理ができるようになります。
また、NISAの投資の制度拡充が最近政府により発表されましたが財務諸表が読めれば証券や社債の購入において参考にできます。
就業先などの経営状況の把握をある程度、財務諸表からわかるはずです。
ちなみに未上場企業でも四季報(未上場会社版)を通してある程度確認できるようになっています。
終身雇用制度は過去のものとなり、退職金制度のないIT企業が多数を占めているので、投資もついでに学び老後資金の捻出に簿記知識を役立てましょう。
学習に利用した書籍と勉強方法
専門学校として定評のあるTACが出版している書籍を利用しました。
これらのテキストは解説が豊富でわかりやすく、問題集は若干難しいですが、何度か繰り返せば本番試験でも時間内に合格するレベルに達することが出来ます。
簿記3級
みんかが欲しかったシリーズの教科書を購入して一読しました。
その後、以下の同シリーズの問題集を2~3周ほどして、理解すれば合格レベルに達すると思います。
簿記2級
すっきりわかるシリーズの工業簿記および商業簿記を購入して以下を一読し、付属の問題集を一回ほど解きました。
仕上げとして以下問題集を購入して3回ほど解きました。
まとめ
エンジニアという仕事柄、日々の多忙な業務の中、新しい技術の習得、IPAの情報処理技術者資格の勉強、ソフトウェアやハードウェアベンダーが実施しているベンダー資格の取得、さらにオープンソースへの貢献など、何かと忙しいのが現状だと思います。
しかし、日々の仕事においてエンジニアとして、その場の業務知識は身に付くものの、会社の根幹となる経営管理(財務・会計)の体系知識は、なかなか身に付きません。
エンジニアが簿記の学習をすると、組織における経営管理の根幹である会計知識が身に付くだけでなく、その他にも会計システム開発など多くの側面で知識を活かすことができます。
また、簿記の知識は、経営における共通プロトコル的なものなので流行りや廃りが少なく、長く役立ちます。
現在、簿記検定はCBT化しており、いつでも気軽に受けられます。
プライベートでも役立ちますし、エンジニア以外の仕事でも役立ちます。
勿論、資格取得が社内評価の獲得や就職転職に大いに役立つとは考えにくいですが、簿記の勉強で得られる知識を応用してエンジニアとしての市場価値を高めることが可能だと思います。
エンジニアの方も、ぜひ簿記を勉強してみてはいかがでしょうか?